白鳥は 哀しからずや 空の青 海のあをにも 染まずただよふ
Mon 25 , 21:42:02
2008/02
「いらっしゃい」
男は、にこやかに玄関の戸を開けた。
「…貴様に、逮捕礼状がでた」
「ああ、そろそろ来るだろうと思ってた。でも、あと5分待ってくれ。これやったら終わりだから」
きれに片付いた部屋。
すべて覚悟の上ということか。
「なぜ、拒んだ」
「なぜって…俺は人だからな」
「だが拒めば死ぬ」
「わかってる。それでも曲げちゃなんねえものがある」
「…」
「人として間違ってる、とか偉そうなことを言うつもりはねえよ。確かに戦争しなきゃこの国はぶっ潰されるだろうしな」
戦争まで秒読み状態。
世間でも指折りの剣術師にして射撃の名人、頭脳も政府の上層部とは比べ物にならないほど。加えて人望もお上のはるか上を行く人物となれば、呼び出されるのは考えるまでもなく当然のことだった。そして、拒めば危険因子として処分されるだろうことも。
それなのに、この男は拒んだ。
「それでも、俺は俺の思う“人”の道を外れたくないし、どんな理由があれ誰かの命を奪うのは好きじゃない。軍に加われば、俺はおそらく一番汚い部分を見る羽目になるだろうよ。…わかってる。俺が行かなきゃその役目がほかの誰かに行くだけだって事は。でも、だからといって自分を曲げるつもりはない」
淡々と部屋を片付けながら、それでもその瞳だけは煌々と光っているのだ。怒りと、悲しみと、哀れみを含んだ光。その中に諦めの色だけはないことにほっとする。
この男は、決して諦めない男だから。
「私にも…それだけの強さがあればよかったのにな」
身に着けた制服が疎ましい。
この男のような潔さも強さも怒りも持たない私はやすやすと国の狗に成り下がった。
「おまえにだって信念はあるだろう」
「今となっては、それすらもわからぬ」
「…」
「心が、慣れてしまった。目の前でどれほどの人が死のうとも今の私は心を動かすまいよ」
「いいや、違うね」
強い口調にはっとする。
「おまえはいつだってそうやって自分の心を守るために殻を作る。でも、本当はおまえは俺よりもずっとこの状況に憤りを感じているはずだ。おまえが軍にはいったのだって、内側から変えてやろうっていう考えだったんだろ?」
「…たとえそうだとしても、もう遅い。私一人では何も変えられない。戦争は始まる。多くの民が死ぬ。そして、きっと私もいつまで“人”で在れるかわからない。いや、すでに人ではないのかもしれぬな…」
「馬鹿言うな。おまえは…絶対に、最後まで人で在れる」
「なぜ」
「俺が言うんだから、間違いない。ずっと昔から、一番近くで見てたんだ。俺のことを俺以上におまえが知っているように、おまえのことならおまえよりもわかってる俺が言うんだから、間違いない」
「…」
強い瞳を真っ直ぐに受け止めることのできる自分に安堵する。いつだってこの男の瞳は迷いがなく、だからこそ後ろめたい時や自分が間違っているときには、この視線を受け止めることができなかった。
「…まだ、私はお前の目を見ることができる」
「ああ」
「最後まで、そうで在りたいと思う」
男の顔にゆっくりと笑みが浮かぶ。それにつられるようにぎこちなく私の顔にも笑みが浮かび、それが随分久しぶりのことだと気づいた。幼い頃に戻ったかのような錯覚を覚える。
「…この国は、どこで間違えてしまったのであろうな」
小国の分際でなまじ軍事力、科学力があるだけに始末が悪かった。叶うはずもない相手に、それでも自分たちは正しいのだと、そして正しいものが勝つのだと盲目的に信じて喧嘩を売る。愚かとしか言いようがない。
「さあな」
そっけなくこたえる男は、本当は誰よりもこの国を愛していた男だった。
だから、この国が間違った道に行くというのであればまだ男の愛した国の形を保っている今、外国に無残にあらされる前の今、愛した国と心中のように死んでいこうというのだろう。
「…もう行くぞ」
「ああ」
部屋を後にして男は死にに行く。
私は誰よりも大切なはずの男を死なせに行く。
部屋に残された男の荷物は、男が部屋を出た途端に風化したように色あせて見えた。
男は、にこやかに玄関の戸を開けた。
「…貴様に、逮捕礼状がでた」
「ああ、そろそろ来るだろうと思ってた。でも、あと5分待ってくれ。これやったら終わりだから」
きれに片付いた部屋。
すべて覚悟の上ということか。
「なぜ、拒んだ」
「なぜって…俺は人だからな」
「だが拒めば死ぬ」
「わかってる。それでも曲げちゃなんねえものがある」
「…」
「人として間違ってる、とか偉そうなことを言うつもりはねえよ。確かに戦争しなきゃこの国はぶっ潰されるだろうしな」
戦争まで秒読み状態。
世間でも指折りの剣術師にして射撃の名人、頭脳も政府の上層部とは比べ物にならないほど。加えて人望もお上のはるか上を行く人物となれば、呼び出されるのは考えるまでもなく当然のことだった。そして、拒めば危険因子として処分されるだろうことも。
それなのに、この男は拒んだ。
「それでも、俺は俺の思う“人”の道を外れたくないし、どんな理由があれ誰かの命を奪うのは好きじゃない。軍に加われば、俺はおそらく一番汚い部分を見る羽目になるだろうよ。…わかってる。俺が行かなきゃその役目がほかの誰かに行くだけだって事は。でも、だからといって自分を曲げるつもりはない」
淡々と部屋を片付けながら、それでもその瞳だけは煌々と光っているのだ。怒りと、悲しみと、哀れみを含んだ光。その中に諦めの色だけはないことにほっとする。
この男は、決して諦めない男だから。
「私にも…それだけの強さがあればよかったのにな」
身に着けた制服が疎ましい。
この男のような潔さも強さも怒りも持たない私はやすやすと国の狗に成り下がった。
「おまえにだって信念はあるだろう」
「今となっては、それすらもわからぬ」
「…」
「心が、慣れてしまった。目の前でどれほどの人が死のうとも今の私は心を動かすまいよ」
「いいや、違うね」
強い口調にはっとする。
「おまえはいつだってそうやって自分の心を守るために殻を作る。でも、本当はおまえは俺よりもずっとこの状況に憤りを感じているはずだ。おまえが軍にはいったのだって、内側から変えてやろうっていう考えだったんだろ?」
「…たとえそうだとしても、もう遅い。私一人では何も変えられない。戦争は始まる。多くの民が死ぬ。そして、きっと私もいつまで“人”で在れるかわからない。いや、すでに人ではないのかもしれぬな…」
「馬鹿言うな。おまえは…絶対に、最後まで人で在れる」
「なぜ」
「俺が言うんだから、間違いない。ずっと昔から、一番近くで見てたんだ。俺のことを俺以上におまえが知っているように、おまえのことならおまえよりもわかってる俺が言うんだから、間違いない」
「…」
強い瞳を真っ直ぐに受け止めることのできる自分に安堵する。いつだってこの男の瞳は迷いがなく、だからこそ後ろめたい時や自分が間違っているときには、この視線を受け止めることができなかった。
「…まだ、私はお前の目を見ることができる」
「ああ」
「最後まで、そうで在りたいと思う」
男の顔にゆっくりと笑みが浮かぶ。それにつられるようにぎこちなく私の顔にも笑みが浮かび、それが随分久しぶりのことだと気づいた。幼い頃に戻ったかのような錯覚を覚える。
「…この国は、どこで間違えてしまったのであろうな」
小国の分際でなまじ軍事力、科学力があるだけに始末が悪かった。叶うはずもない相手に、それでも自分たちは正しいのだと、そして正しいものが勝つのだと盲目的に信じて喧嘩を売る。愚かとしか言いようがない。
「さあな」
そっけなくこたえる男は、本当は誰よりもこの国を愛していた男だった。
だから、この国が間違った道に行くというのであればまだ男の愛した国の形を保っている今、外国に無残にあらされる前の今、愛した国と心中のように死んでいこうというのだろう。
「…もう行くぞ」
「ああ」
部屋を後にして男は死にに行く。
私は誰よりも大切なはずの男を死なせに行く。
部屋に残された男の荷物は、男が部屋を出た途端に風化したように色あせて見えた。
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