白鳥は 哀しからずや 空の青 海のあをにも 染まずただよふ
Sun 01 , 23:49:40
2008/06
泣き腫らした真っ赤な目からは、まだまだとまることなく涙がこぼれていた。
「…すまないことをした」
「いいえ、お父上様のせいではございませぬ。あの方が、あの方に、非はございます」
「…」
松平忠輝
娘婿であったその人は、強すぎる気が災いし、さまざまな事柄の結果として大御所の不況を買い、改易された。
そして、その妻であった五郎八姫、つまり俺の息女は奥州へとひとり戻された。
互いにどこをどう気に入ったのか、非常にむつまじい夫婦であり、あの豪胆な気性の忠輝殿が姫にだけはこの上なく優しく甘かったらしい。
父親として、娘が幸福な夫婦生活を送っていることはこの上ない喜びであり、政略結婚の道具として嫁がせた罪悪感もわずかには薄れるものであった。
だからこそ、この結末が苦しくつらい。
「お父上様は、あの方のために、十分ずぎるほどに手を尽くしてくださいました。この上、何を求めることがございましょう。改易だけで済み、命が助かったのもお父上様のおかげと存じます」
涙を流しながら、それでもまっすぐに俺を見返してそう告げる姿は、我が娘ながら強く美しく、それをうらやましく思った。
「ですから、こうしてわたくしが泣いておりますのは、わたくしの我侭に過ぎないのです。生も死もあの方のそばで、だなどと、そんなことはわたくしの我侭に過ぎないのです」
「…そうか」
「はい。…ですが、もしも」
「…」
「もしも、ひとつだけわたくしの我侭を聞いていただけると言うのであるのなら」
いつの間に、このような強い瞳を覚えたのであろうか。
嫁いでいったときには、まだ幼さばかりが目に付く少女であったというのに。
「もう二度と、誰をも夫と呼びたくはございませぬ。わたくしの良人は、生涯、忠輝様お一人にございます」
目をそらしたのは、俺のほうだった。
姫のひたむきな姿は、遠い昔に見た誰かの瞳によく似ていた。
「…そんなに、恋うたか、あの男を」
「はい、お慕い申し上げております。わたくしの瞳には、あの方以外の誰もうつりませぬ」
『政宗殿、お慕い申し上げております。そなたを…そなただけを、某は、何があろうとも変わることなく愛し続けましょう』
強い瞳、一途な思い。
遠い昔に愛した男の姿が脳裏に過ぎった。
記憶の彼方に追いやったはずの感情がよみがえり、その鮮やかさに驚きあきれる。
(shit!…あれから、何年経った?まだ、忘れられないのかよ…)
男同士で、敵同士で、未来なんてない関係に終止符を打ったのは俺でもあいつでもなく、せまりくる戦だった。
正直なことを言えば、今でもほれている。
会いたい、触れたい、そばにいたい。
想いは絶えることなくまだここにあって、妻がいて、娘も息子もいて、会わなくなってから何年も経って、あの男は戦に死んで、それでも俺はそれを捨てることがどうしてもできなかった。
だから、姫の瞳の強さにあの男の姿を見たように、その思いの一途さにかつての俺を重ねずにはいられなかった。
「五郎八」
「はい」
「その願いをきいてやろう。それが…」
勝手な都合で振り回したせめてもの償いだ。
声に出さなかった言葉までちゃんと拾って、姫はそっと微笑んだ。
「はい」
ありがとうござります、お父上様。
美しい、微笑だった。
「…すまないことをした」
「いいえ、お父上様のせいではございませぬ。あの方が、あの方に、非はございます」
「…」
松平忠輝
娘婿であったその人は、強すぎる気が災いし、さまざまな事柄の結果として大御所の不況を買い、改易された。
そして、その妻であった五郎八姫、つまり俺の息女は奥州へとひとり戻された。
互いにどこをどう気に入ったのか、非常にむつまじい夫婦であり、あの豪胆な気性の忠輝殿が姫にだけはこの上なく優しく甘かったらしい。
父親として、娘が幸福な夫婦生活を送っていることはこの上ない喜びであり、政略結婚の道具として嫁がせた罪悪感もわずかには薄れるものであった。
だからこそ、この結末が苦しくつらい。
「お父上様は、あの方のために、十分ずぎるほどに手を尽くしてくださいました。この上、何を求めることがございましょう。改易だけで済み、命が助かったのもお父上様のおかげと存じます」
涙を流しながら、それでもまっすぐに俺を見返してそう告げる姿は、我が娘ながら強く美しく、それをうらやましく思った。
「ですから、こうしてわたくしが泣いておりますのは、わたくしの我侭に過ぎないのです。生も死もあの方のそばで、だなどと、そんなことはわたくしの我侭に過ぎないのです」
「…そうか」
「はい。…ですが、もしも」
「…」
「もしも、ひとつだけわたくしの我侭を聞いていただけると言うのであるのなら」
いつの間に、このような強い瞳を覚えたのであろうか。
嫁いでいったときには、まだ幼さばかりが目に付く少女であったというのに。
「もう二度と、誰をも夫と呼びたくはございませぬ。わたくしの良人は、生涯、忠輝様お一人にございます」
目をそらしたのは、俺のほうだった。
姫のひたむきな姿は、遠い昔に見た誰かの瞳によく似ていた。
「…そんなに、恋うたか、あの男を」
「はい、お慕い申し上げております。わたくしの瞳には、あの方以外の誰もうつりませぬ」
『政宗殿、お慕い申し上げております。そなたを…そなただけを、某は、何があろうとも変わることなく愛し続けましょう』
強い瞳、一途な思い。
遠い昔に愛した男の姿が脳裏に過ぎった。
記憶の彼方に追いやったはずの感情がよみがえり、その鮮やかさに驚きあきれる。
(shit!…あれから、何年経った?まだ、忘れられないのかよ…)
男同士で、敵同士で、未来なんてない関係に終止符を打ったのは俺でもあいつでもなく、せまりくる戦だった。
正直なことを言えば、今でもほれている。
会いたい、触れたい、そばにいたい。
想いは絶えることなくまだここにあって、妻がいて、娘も息子もいて、会わなくなってから何年も経って、あの男は戦に死んで、それでも俺はそれを捨てることがどうしてもできなかった。
だから、姫の瞳の強さにあの男の姿を見たように、その思いの一途さにかつての俺を重ねずにはいられなかった。
「五郎八」
「はい」
「その願いをきいてやろう。それが…」
勝手な都合で振り回したせめてもの償いだ。
声に出さなかった言葉までちゃんと拾って、姫はそっと微笑んだ。
「はい」
ありがとうござります、お父上様。
美しい、微笑だった。
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